演繹法…数学の公式を使って、個々の問題を解いていくようなもの(一般的原理から論理的推論により結論として個々の事象を導く方法)
(例)
一般的原理「果物は甘い」
事実「バナナは果物である」
結論「バナナは甘い」
帰納法…理科の実験をして、個々の出来事を調べて、一般的な法則を導くようなもの(個々の事象から、事象間の本質的な因果関係を推論し、結論として一般的原理を導く方法)
(例)
バナナは甘い、パイナップルも甘い、メロンも甘い
これらはすべて、果物である
ということは、果物は甘い
どちらの考え方も必要です。
私たちの子供のころは、みんな牛乳を飲めば、背が伸びると思っていました。
事実、私なんかは、中学校の3年間、牛乳を朝2~3杯、給食でお代りをしまくって2~4杯、家に帰って3杯前後と、よく牛乳を飲んでいました。
その結果、3年間で身長は28センチ伸びました。
その他の友達たちもそれなりに伸びていたと思います。
こういう経験(個々の事象)をもとに、「牛乳を飲めば、カルシウムが摂れ、背も伸びる」と結論付けることを、上記の例にならって言えば、帰納法といいます。
逆に、「背を伸ばすためにはカルシウムが必要だ。牛乳には、カルシウムがたくさん含まれている。したがって、牛乳を飲めば、背が伸びる」と、一般的な法則から個々の事象を導くのが演繹法というわけです。
しかし、どの方法にも、落とし穴があります。
演繹法では、想定している一般的な法則が間違っていれば、導かれてくる答えも間違いになります。
帰納法では、個々の事象から、一般的な法則を導き出すので、具体例をあげていく途中で例外的な事象があるかもしれません。
なので、この場合あくまでも「とりあえず今のところは正解だが」という付け足しが必要です。
この落とし穴として、前回の記事にある、日本人は牛乳を分解する酵素がないという指摘が当たるのかどうなのか。
実際に、牛乳をやめて子供の皮膚症状や下痢が治まった例は数多く目にしています。
一方、私自身は牛乳の恩恵に預かって背が伸びました(伸びたと思います)。
もしかして、おやつ代わりにニボシを家で食べさせられていたのがよかったのかもしれませんけど。
時代が進むにつれて、新事実が出てきます。
アスベスト、フロンなど、登場した当時は、なんてすばらしいものが出来たんだと世界中の人が思ったに違いありません。
ところが今やそれらは、姿を消そうとしています。
とは言え、牛乳はそれらに比べて歴史が古いことは事実です。
悪い面が最近見つかったという程度だけかもしれません。
全く悪いものであれば、時代が淘汰しているでしょう。
当院でも良くあることなのですが、「私の腰痛の原因は何でしょうか」という言い方をされることがあります。
でも、実際には筋肉、骨格、内臓、精神状態・・・など様々な要因が足し算のように積み重なって、痛みが出ています。
「原因はこれ!」というような答え方は、正しくないでしょう。
第一原因はこれという言い方は、まだできるかもしれませんが。
牛乳の場合も、「どの年齢のどういった人種にとっては、どのような面で良し悪しがある」と場合分けをして、結論を出していくべきでしょう。
ひとは、何でもかんでも白か黒かで話を結論づけたがるものです。
そうすべきこともあるし、そうすべきでないこともあります。